沙羅の木 | 全日本仏教婦人連盟

沙羅の木 | 社団法人全日本仏教婦人連盟

江戸を舞台に武士や町人の活躍ぶりを描いた池波正太郎氏。
彼の作品の中には、茶屋、蕎麦屋、そしてお寺が数多く出てくる。
そこで描かれるシーンが、江戸に生きる人々を、江戸の街並をいっそう鮮やかにしてくれるのだ。

ここでは池波正太郎氏の作品に出てき、現存しているお寺を紹介していく。
池波ファン、お寺ファン必読!

第1回 法恩寺

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悪党たちから"鬼の平蔵"と恐れられた火付盗賊改方・長谷川平蔵の活躍を描いた『鬼平犯科帖』シリーズ。池波正太郎の代表作のひとつである。その文庫本第 1巻『本所・桜屋敷』に「幅二十間の本所・横川にかかる法恩寺橋をわたりきった(略)」と、まず物語の冒頭部分で橋名として出てくるのが、この法恩寺だ。

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開山は本住院日住上人、開基は太田道灌である。長禄2年(1458)、太田道灌が江戸城を築城するにあたり、丑寅の方に場内鎮護の祈願所として本住院を建 立。その後、本住院から法恩寺への改称があり、また神田柳原や谷中清水町への移転もあったが、元禄8年に現在の地に移り、今に至っている。その立派さは、 「横川を北へ......入江町の河岸を左にながめつつ、舟はゆっくりすすむ。やがて、右手に法恩寺の大屋根が見え、(後略)」と、川面からひと際大きく 見えると書かれている。お寺内には日蓮上人像、下部に梵鐘を提げた鐘楼三重塔、平川清水稲荷、花塚、そして江戸城を築城した太田道灌の供養墓(墨田区の記 念物に指定)など、見どころは多い。

残念ながら物語内では、平蔵がこの法恩寺には立ち寄ったとの記述はない。剣術学んだ高杉道場をはじめ、若き 日の平蔵の青春があった場所として、平蔵が火付盗賊改方に就任して初めて市中見回りをする際に、この法恩寺周辺を訪れたとして出てくるのである。想い出の 地だからか、「辻駕篭は、法音寺橋のたもとで乗り捨てた」と第15巻『闇』で、第19巻『雲のはて』では「むしろ、対岸の法恩寺・雲山寺の門前のほうがに ぎやかで、人家も密集しているし、料理屋や茶店も多い」といったように何度も登場する。

現在の法恩寺周辺には、江戸時代に人々に時間を知らせた「時の鐘」があったことに由来する「時の鐘記念碑」、平蔵が渡った橋の下には大横川親水公園などがある。法恩寺を中心にぶらりとしてみれば、淡く残る平蔵が愛した江戸の、本所の空気を味わえるはずだ。


法恩寺
東京都墨田区太平1-26-16
03-3622-8267
JR錦糸町駅より徒歩約10分
http://houonji-web.jp/index.html